EU「エンジン車禁止」事実上の撤回。エンジン車とEV車の大転換

2025年12月16日、欧州自動車産業にとって運命の日となりました。

欧州委員会は、これまで掲げてきた「2035年以降、エンジン車の新車販売を100%禁止する」という強硬な方針を、ついに転換しました。新しいルールは「排出量を90%削減すればよい」というものです。

たった10%の違いに見えますか? いいえ、これは「ゼロ」か「存続」かを分ける、決定的な転換です。この決定により、条件付きながらガソリンエンジンやハイブリッド車が2035年以降も生き残る道が開かれました。

なぜ「100%禁止」が崩れたのか

理由は明白です。「理想と現実の乖離」です。

欧州委員会が方針転換を発表したこの日、産業担当委員のステファヌ・セジュルネ氏は、欧州メーカーが直面している「3つの危機」を認めました。

  1. 中国製EV(電気自動車)との価格競争激化
  2. 欧州内でのEV需要の深刻な低迷
  3. 技術開発の遅れ

現場の悲鳴は限界に達していました。米フォード・モーターはEV需要の冷え込みを受け、電動化計画の縮小とともに195億ドル(約3兆円)もの巨額損失処理を発表したばかりです。フォルクスワーゲンやステランティスといった欧州の巨人たちも、「このままでは巨額の罰金で潰れてしまう」と悲鳴を上げていました。

そこに、ドイツとイタリアという「自動車大国」の政治圧力が加わりました。ドイツのフリードリヒ・メルツ氏(次期首相有力候補)やイタリアのアドルフォ・ウルソ企業相らは、「技術的な中立性」を強く主張し、EV一本槍の政策を「イデオロギー的だ」と批判し続けてきました。その結果、ブリュッセル(EU本部)がついに折れたのです。

「残り10%」を埋める魔法の杖

では、どうやってエンジン車を生き残らせるのでしょうか。ここが今回の肝です。

新しいルールでは、メーカー全体で販売する車のCO2(二酸化炭素)を、2021年比で「90%」減らせば合格とされました。残りの「10%」については、以下の2つの「抜け道(オフセット)」を使うことで、帳消しにできるようになったのです。

1. 「グリーンスチール」の使用(最大7%分)

ここが非常にユニークです。車を走らせるときの排ガスだけでなく、「車を作るときの材料」も評価に入れます。

水素などを使ってCO2を出さずに作った「環境に優しい鉄(グリーンスチール)」を車体に使えば、その分を排出削減としてカウントして良いことになりました。これは欧州の鉄鋼メーカーを守るための策でもあります。

2. 「合成燃料(e-fuel)」などの活用(最大3%分)

再生可能エネルギーで作った水素とCO2を合成した「e-fuel(イーフューエル)」や、廃食油などから作るバイオ燃料を使うことも、削減実績として認められます。

つまり、「欧州製のクリーンな鉄」と「次世代の燃料」を使えば、エンジンを積んだ車でも堂々と販売できるようになったのです。

ポルシェが描く「エンジンの未来」

この決定で最も救われるのは、ポルシェのようなスポーツカーメーカーです。

ポルシェは以前から、EV化を進める一方で、名車「911」のエンジンを残すために「e-fuel」の開発に賭けてきました。南米チリの「Haru Oni(ハル・オニ)」工場では、風力発電を使って合成燃料を作っています。

2022年の生産開始時はわずかな量でしたが、計画では2026年までに年間5500万リットルまで生産能力を拡大する予定です。

今回の決定により、この「e-fuel」を使えば、ポルシェは2035年以降もエンジン音を響かせながら公道を走れることになります。これは富裕層向けの趣味の車だけでなく、長距離を走るトラックや、充電設備が乏しい地域の車にとっても朗報です。

2030年の「罰金地獄」も回避へ

メーカーにとって、もう一つの頭痛の種だった「2030年目標」も緩和されました。

これまでは2030年単年で厳しい基準をクリアしなければ巨額の罰金が待っていましたが、2030年から2032年の3年間で「貸し借り(バンキングとボローイング)」ができるようになりました。

簡単に言えば、「今年は目標未達でも、来年頑張れば許してあげる」という仕組みです。これにより、実質的な削減目標は当初の予定よりも緩やかになり、メーカーは一息つくことができます。

消費者へのメリットは?

私たち一般消費者にとって、これは何を意味するのでしょうか。

欧州委員会のウォプケ・フックストラ気候変動担当委員は、これを「消費者と産業界のウィン・ウィン」と呼びました。

今回のパッケージには、「小型で手頃なEV」を優遇する措置も盛り込まれています。高くて大きなEVばかりではなく、ルノーやフィアットが作るような、庶民の手が届く小型EVが増えるよう誘導されます。

2035年のショールームには、完全な電気自動車だけでなく、プラグインハイブリッド車や、クリーンな燃料を使うエンジン車も並ぶことになります。「強制的にEVを買わされる」のではなく、「選択肢が残された」ということです。

結論:現実路線への回帰

2025年12月16日の決定は、欧州が「環境理想主義」から「産業保護と現実路線」へと舵を切った歴史的な転換点です。

中国勢の猛追と、米国のEV政策の後退(トランプ次期政権の影響も示唆されています)を前に、欧州だけが極端な規制を続ければ、自慢の自動車産業が壊滅しかねない。そんな危機感が、土壇場での「ちゃぶ台返し」を生みました。

エンジンは死にませんでした。しかし、生き残るための条件は厳しく、複雑です。「何でもあり」に戻ったわけではありません。それでも、技術の多様性が認められたことは、自動車の未来にとって大きな意味を持ちます。


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