埼玉県川口市は、県内で交通事故が突出して多い地域です。これは噂ではなく、警察や行政のデータが示す事実です。本記事では、公式データに基づき、その深刻な実態を具体的に解説します。
県内ワースト2位という現実
川口市は長年、人身事故の発生件数、死者数、負傷者数のすべてにおいて、さいたま市に次ぐ「埼玉県内ワースト2位」という不名誉な状況が続いています。
2017年のデータでは、市内で2,056件の人身事故が発生し、12人が死亡、2,403人が負傷しました 。これは県内最多の人口を抱えるさいたま市(同4,050件)に次ぐ数字です。
この傾向は現在も続いています。埼玉県警が発表した令和6年(2024年)のデータでは、川口市を管轄する川口警察署と武南警察署の管内を合計した人身事故件数は1,155件にのぼります 。内訳は川口警察署管内が598件、武南警察署管内が557件です 。
しかし、問題は単なる件数ではなく「事故の密度」です。川口市の面積は約61.95平方キロメートル 、人口は約60万7千人 。一方、さいたま市は面積も人口も川口市よりはるかに大きい。面積あたりの事故発生率、つまり「事故密度」で見ると、川口市の危険性が際立ちます。限られたエリアに人や車が集中し、極めて高い密度で事故が発生しているのです。これは、川口市内の移動リスクが構造的に高いことを示しています。
事故の具体的な傾向
事故の傾向を「いつ、どこで、誰が」という視点で見ると、リスクの正体が見えてきます。
県全体のデータでは、交通事故死者の特徴が明確です。まず、犠牲者のうち高齢者(65歳以上)が全体の4割以上を占めます 。次に、状況別では歩行中が最も多く、こちらも4割以上です 。そして、事故現場は交差点とその付近が圧倒的に多く、死亡事故全体の6割以上が集中しています 。
この傾向は、人口が密集する川口市ではより深刻です。市内の狭い生活道路と交通量の多い幹線道路が混在する環境は、高齢の歩行者や自転車にとって常に危険と隣り合わせと言えます。
以下は、令和6年(2024年)の川口市(川口警察署・武南警察署管内の合計)における交通事故の発生状況です。
| 項目 | 件数・人数 | 前年からの増減 |
| 人身事故件数 | 1,155件 | -38件 |
| 死者数 | 13人 | +5人 |
| 負傷者数 | 1,328人 | -87人 |
出典: 埼玉県警察「市区町村別交通事故発生状況(令和6年12月末・確定値)」の川口警察署と武南警察署のデータを基に作成 。
人身事故件数と負傷者数は微減したものの、死者数は増加しており、事故の深刻化が懸念されます。
特に、東京都に隣接する川口市では、朝夕の通勤時間帯に交通量が激増し、リスクが最高潮に達します。都心へ向かう車と市内の住民の移動が交錯し、幹線道路では常に緊張が強いられます。同時に、住宅街の狭い道路では、見通しの悪い交差点などで歩行者や自転車を巻き込む事故が後を絶ちません。「幹線道路での高速事故」と「生活道路での巻き込み事故」、この二つのリスクが川口市の交通事情を複雑化させているのです。
事故を誘発する都市構造
事故多発の背景には、ドライバーの不注意だけでなく、都市構造、特に危険な「交差点」の問題があります。
県全体の統計が示すように、死亡事故の6割以上は交差点で発生しています 。川口市内には、特に危険な「事故多発交差点」が複数存在します。
- 柳崎一丁目交差点: かつて県内ワースト1位にもなった交差点です。片側2車線の大きな道路が鋭角に交差するため、特に右折時の対向車確認が難しく、朝夕の渋滞時はさらに危険性が増します。
- 県陽高校前交差点の周辺: このエリアは五差路など複数の道路が複雑に入り組んでおり、道路形状そのものがドライバーの混乱を招き、事故の原因となっています 。
- 住宅街の「魔の交差点」: 信号機のない小さな交差点では、ブロック塀で見通しが悪かったり、道路が狭すぎたりする場所が数多く存在します。住民からは「魔の交差点」と呼ばれ、日々の生活に不安を与えています。
これらの危険な交差点は、都市計画が人口と交通量の増加に追いついていない現実を反映しています。市は、交通量の多い「幹線道路」と住民が生活する「生活道路」の役割を分ける「階層的な道路ネットワーク」の構築を目指しています 4。しかし、実際にはその分離が機能せず、通過交通が生活道路に流れ込み、住民、特に高齢者や子どもたちを危険にさらしています。
事故は偶然ではなく、都市の成長とインフラ整備の歪みが引き起こした「予測可能な結果」なのです。
統計が悲劇に変わる時
統計の数字一つ一つは、誰かの人生を奪った悲劇です。そのことを象徴する痛ましい事故が、令和6年(2024年)9月29日の早朝に川口市内で発生しました。
午前5時42分頃、市内の住宅街の交差点で乗用車同士が衝突し、衝突された車を運転していた51歳の会社役員の男性が亡くなりました。
相手方の車を運転していた18歳の少年は、複数の重大な交通違反を犯していました。
- 一方通行の逆走: 少年は一方通行の道路を猛スピードで逆走しました 。
- 飲酒運転: 事故前に酒を飲んでいたことを認めています 。
- 制御不能なスピード: 報道では、時速100キロから125キロという、住宅街ではありえない速度で走行していたと伝えられています 。
衝突の衝撃は凄まじく、被害者の車は大破して街灯をなぎ倒しました。さらに、加害車両の同乗者2人は現場から逃走しています。この事件の悪質性から、検察は後に、より罪の重い危険運転致死罪への変更を求めています 。
この事故は、川口市で起こりうる最悪のシナリオです。交通ルールを完全に無視した無謀な運転が、いかに悲惨な結果を招くかを明確に示しています。
行政と警察の緊急対策
深刻な事態を受け、行政と警察は対策を強化しています。その取り組みは、長期計画と緊急対応の二本柱で進められています。
長期的な計画が「第11次川口市交通安全計画」です 。これは令和3年度から令和7年度までの5カ年計画で、年間の交通事故死者数を9人以下に、人身事故件数と負傷者数をそれぞれ2,000件(人)以下に維持するという明確な目標を掲げています 。
しかし、令和6年の7月から9月までのわずか3カ月間で、市内で6人もの方が交通事故で亡くなる異常事態が発生 。これを受け、埼玉県知事は川口市を「交通事故防止特別対策地域」に指定し、緊急対策に乗り出しました 。
市長をトップとする対策本部が設置され、以下のような集中的な取り組みが実施されています 。
- 物理的な対策: 事故多発交差点に注意喚起の看板やのぼり旗を増設し、道路の白線を塗り直すなど、ドライバーの視覚に訴える対策を強化。
- 取り締まりと啓発: 警察のパトロールを強化し、市の広報車やSNS、駅前の大型ビジョンなどを活用して市民への注意喚起を徹底。
- 教育の徹底: 小中学校での安全指導や、飲食店への飲酒運転撲滅を呼びかけるチラシの配布など、あらゆる世代で交通安全意識の向上を図る。
しかし、多くは啓発などの「ソフト対策」が中心です。道路構造の改善といった根本的な「ハード対策」には時間と費用がかかるため、構造的な問題の解決は道半ばです。
安全な街のために
川口市の交通事故問題は、単なる運転マナーの問題ではなく、根深い構造的課題です。県内トップクラスの「事故密度」は、高い人口密度と、それに追いついていない道路インフラとのミスマッチの表れです。
行政の対策に加え、今この街で暮らす私たち一人ひとりが、自らの身を守るための知識と行動を身につけることが何よりも重要になります。
- ドライバーの方へ:
- 市内では「すべての交差点が危険」という意識を持ち、特に信号のない住宅街の交差点では、必ず一時停止と徹底した安全確認を行ってください。
- 通勤ラッシュ時は予期せぬ飛び出しが頻発します。時間にゆとりを持ち、速度を落としてください。
- 歩行者・自転車を利用する方へ:
- 見通しの悪い交差点では、「車は自分に気づいていないかもしれない」と考えて行動してください。夜間は反射材やライトで自らの存在をアピールすることが命を守ります。
- 少し遠回りでも、信号機や横断歩道のある安全なルートを選んでください。
行政の対策に加え、私たち一人ひとりが自らの身を守る意識と行動を持つことが、この街から悲劇を減らす最も確実な一歩です。






