衝撃の事実:日本のEV市場
日産とトヨタの覇権争いを語る前に、まず日本の電気自動車(EV)市場の厳しい現実を直視しなければなりません。一般のイメージとは裏腹に、日本のEV市場は国産メーカーにとって決して楽園ではありません。
2024年から2025年にかけて、日本の乗用車販売全体に占めるEVの割合は、わずか2%から3%程度で推移しています。さらに衝撃的なのは、軽自動車を除いた「登録車」のEV市場の内訳です。2025年6月のデータでは、この市場の実に85.67%をテスラや欧州メーカーなどの輸入車が占めています。
同月、トヨタ(レクサス含む)の登録車EV販売台数はわずか46台。EVの先駆者である日産でさえ、「リーフ」と「アリア」を合計して547台に過ぎません。日産のEV販売を牽引しているのは軽EVの「サクラ」(同月1,137台)であり、登録車市場では苦戦を強いられています。
このデータが示すのは、挑戦者のトヨタはもちろん、パイオニアの日産でさえ、自国の登録車EV市場で「王座」にはいないという事実です。本当の構図は「日産対トヨタ」ではなく、「日本メーカーが、輸入車に席巻された市場を奪還できるか」という、より大きな戦いなのです。
スペック徹底比較
新型リーフとトヨタのEV戦略が、スペック上でどう対峙するのかを直接比較します。現行の競合車と、トヨタが目指す未来のEVを並べると、競争の行方が明確になります。
| 項目 / スペック | 日産 リーフ(第3世代 B7) | トヨタ bZ4X(現行) | トヨタの未来のEV(全固体電池目標) |
|---|---|---|---|
| バッテリー種類 | リチウムイオン | リチウムイオン | 全固体電池 |
| バッテリー容量 | 75.1 kWh | 71.4 kWh | N/A |
| 航続距離(WLTC) | 600 km超 | 約559 km | 1,200 km超 |
| DC急速充電 | 150 kW | 150 kW | 10分未満 |
| 独自機能 | 高度なV2H「走る蓄電池」 | オプションのソーラールーフ | 圧倒的な安全性と長寿命 |
| 市場投入時期 | 2026年1月 | 販売中 | 2027年~2028年 |
2026年時点では、新型リーフは現行のトヨタbZ4Xに対し、バッテリー容量と航続距離で優位に立ちます。しかし、トヨタが2027年~2028年の実用化を目指す全固体電池は、航続距離1,200km、充電時間10分未満という驚異的な目標を掲げており、これが実現すれば、リーフを含む現行世代のEVすべてを技術的に過去のものにしてしまうほどの破壊力を持っています。
新型リーフ、SUVへ大変身
2010年の登場以来、EVの象徴だった日産リーフが、15年の時を経て第3世代へと生まれ変わります。最大の変化は、従来のハッチバックから、市場で最も人気のあるクロスオーバーSUVへと姿を変えたことです。
これは、EVという枠を超え、ガソリン車なども含めた販売の主戦場で勝負するという日産の強い意志の表れです。2025年10月8日に発表された上級グレード「B7」のスペックは、その決意を裏付けています。
- バッテリー容量:75.1kWhの大容量です。
- 航続距離:1回の充電で600km以上を走行可能です。
- 充電性能:最大150kWの急速充電に対応し、15分で最大250km分を充電できます。
車両本体価格は補助金適用前で550万円程度と予想されています。
日産の切り札は「走る蓄電池」
新型リーフの真価は、走行性能だけではありません。日産が磨き上げた「V2H(Vehicle-to-Home)」技術、つまり「走る蓄電池」としての機能です。これはリーフの電気を家庭で使える仕組みで、災害大国・日本では他社にはない強力な価値を持ちます。
停電時には、リーフ1台で一般家庭の数日分の電力を供給できます。また、電気代が安い夜間に充電し、昼間にその電気を家で使えば、電気代の節約にも繋がります。日産は車を売るだけでなく、家庭のエネルギーシステム全体を提案することで、トヨタとの差別化を図っています。
トヨタの二段構え戦略
これまでEV市場で慎重だったトヨタが、ついに本腰を入れました。その戦略は、現在と未来を見据えた二段構えです。
第一弾は、現在販売中のクロスオーバーSUV「bZ4X」です。バッテリー容量71.4kWh、航続距離559kmというスペックは、新型リーフと直接競合しますが、圧倒するものではありません。bZ4Xの役割は、トヨタがEV市場での足場を固め、データを収集するための布石と言えます。
未来の切り札、全固体電池
トヨタの真の狙いは、次世代技術である「全固体電池」にあります。これは、現在の電池が抱える根本的な課題を解決する可能性を秘めた、まさに「ゲームチェンジャー」です。
- 安全性:内部に燃えやすい液体を使わないため、火災リスクが劇的に低下します。
- 充電速度:10分以下でほぼ満充電が可能になります。
- 航続距離:目標は1,200km超。現在のEVの2倍以上です。
この計画は単なる夢物語ではありません。日本の経済産業省がトヨタの計画を国家的なプロジェクトとして認定し、補助金などの支援を行っているのです。トヨタは、既存技術で競争するのではなく、EVの常識を覆す技術で市場のルールそのものを変えようとしています。
勝者はどちらか
「ニッサンのEV三日天下か?」という問いへの答えは、単純ではありません。
2026年に登場する新型リーフは、間違いなくその時点で国内最高のEVです。特に災害への備えとなるV2H機能は、日本の消費者にとって大きな魅力です。
しかし、その王座が安泰な期間は短いかもしれません。トヨタが政府の支援を受けて進める2027年~2028年の全固体電池実用化計画は、極めて現実的な脅威です。
EVの購入には、国から最大90万円の補助金が出るほか、東京都のように独自の補助金を上乗せする自治体もあります。これらの制度を活用すれば、実質的な負担は大きく下がります。
最終的に、日産は「今日の市場」で勝つための優れた製品を投入します。一方、トヨタは「明日の技術」で戦争そのものに勝利しようとしています。日本のEV市場の覇権をかけた本当の戦いは、これから始まるのです。





