テック企業の黒船、日本車を揺るがす

秋葉原に現れた「走るスマホ」

2025年9月26日から28日にかけて、東京・秋葉原で開催された「Xiaomi EXPO 2025」は、単なる新製品発表会ではありませんでした。それは、日本の自動車市場にとって、新たな時代の到来を告げる象徴的な出来事となりました。このイベントには約8,000人もの来場者が訪れましたが、その中心にあったのは、日本初公開となる電気自動車(EV)「Xiaomi SU7 Ultra」でした 。伝統的なモーターショーではなく、テクノロジーの聖地を選んだこと自体が、シャオミの宣言です。彼らはSU7を単なる自動車ではなく、究極の家電、つまり「走るスマートフォン」として位置づけています 。

その実力は、既存の自動車メーカーを震撼させるものでした。ドイツの有名なサーキット、ニュルブルクリンクで量産EV最速タイムを記録。王者ポルシェの記録を打ち破りました。最高出力1548馬力、時速100kmまでの加速は1.98秒という驚異的なスペックを誇ります。さらに衝撃的なのは価格です。この性能を持ちながら、最上位モデルでも価格は約1100万円と、競合するポルシェの約3分の1に抑えられています 。中国では発売からわずか27分で5万台の予約が殺到。性能と価格の両面で、「安かろう悪かろう」という中国製品への固定観念を完全に破壊しました。

ソフトウェアがクルマを定義する

SU7の真の恐ろしさは、スペックや価格だけではありません。その核心は、スマートフォン開発で培った「ソフトウェア・ファースト」という設計思想にあります。従来の自動車が「ハードウェア」を基盤にソフトウェアを追加してきたのに対し、シャオミは逆のアプローチをとります。

その中核をなすのが、独自OS「HyperOS」です。これはシャオミのスマートフォン、スマート家電、そして自動車を横断して動作する統合OSであり、「人とクルマと家」をシームレスに繋ぐ神経系として機能します。ユーザーは自分のスマホ画面をそのまま車のディスプレイに映し出したり、車内から自宅のエアコンを操作したりできます。複数のシャオミ製品を持つほど体験価値が高まり、ユーザーをエコシステム内に強く引きつけます。

さらに重要なのが、OTA(無線通信)によるアップデートです 。購入後もソフトウェアが更新され、新機能の追加や性能向上が行われます。車はもはや静的な工業製品ではなく、常に進化し続けるプラットフォームへと変貌を遂げるのです。これは、自動車のビジネスモデルを根底から覆す可能性を秘めています。

先駆者BYDの教訓と新たな脅威

シャオミの登場は単独の事象ではありません。通信大手ファーウェイは、自社で車を製造せず、OSや自動運転システムといった「頭脳」を他社に提供する連合モデル「HIMA」で影響力を拡大しています。PC業界の「インテル入ってる」戦略を自動車で再現しようとしているのです。

こうした「第二の黒船」が到来する以前、日本市場の扉を叩いたのが世界最大のEVメーカー、BYDです。BYDは優れたバッテリー技術を背景に、品質の高いEVを競争力のある価格で提供する「ハードウェア・ファースト」の正攻法で挑みました。日本での販売は着実に伸び、2025年6月末までの累計登録台数は5,305台に達しています。しかし、世界での圧倒的な成功とは裏腹に、日本では中国ブランドへの根強い不信感や市場の特殊性に直面し、苦戦も伝えられます 。BYDの経験は、単に良いハードウェアを安く提供するだけでは、日本の牙城を崩すのが難しいことを示唆しています。彼らが時間をかけて築いた土台の上に、ソフトウェアという全く新しい武器を持ったシャオミが乗り込んでくるのです。

日本メーカーの防衛線と未来

日本の自動車メーカーも、この変化に対応すべく動いています。トヨタは2026年以降の次世代EV向けに、独自の車載OS「Arene(アリーン)」を開発。日産やホンダも、スマートフォンと連携するコネクテッドサービスを強化しています 。

しかし、両者のアプローチには根本的な思想の違いがあります。日本メーカーのサービスが、あくまで「クルマ」の利便性を高めることを目的としているのに対し、テック企業のシステムは「ユーザー」の生活全体をデジタルで繋ぐことを目指しています。このままでは、日本のメーカーは優れた車体を作るだけの「土管」となり、顧客との関係や高収益なサービス事業をテック企業に奪われる未来が訪れるかもしれません。

競争の主戦場は、エンジン出力や燃費から、ソフトウェアがもたらす「ユーザー体験」へと完全に移行しつつあります。シャオミSU7の日本上陸は、その時代の到来を告げる号砲です。日本の基幹産業は今、100年に一度の変革の波の直中に立たされています。

あなたとクルマ編集部
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